2026年8月9日
Geminiと会話をしているとき、AIに対する言葉遣いの話になりました。
AIへ質問するとき、敬語を使う必要はあるのでしょうか。
AIは、感情ではなく、入力された言葉と文脈を手掛かりに応答します。この性質だけを見れば、AIに対する礼儀は機能と無関係に思えます。
しかし会話を続けるうちに、AIへの敬語は、人間自身のために有用なのではないか、という考えに至りました。
大まかに言えば、ChatGPTやGeminiなどの生成AIは、入力された文章と、それまでの会話を手掛かりに、次に続く可能性の高い言葉を選びながら回答を作っています。
文章全体の関係や会話の流れを捉えながら、人間の言語体験とは異なる方法で応答を組み立てます。
丁寧な言葉で相談すれば、丁寧な相談に続きやすい回答が作られます。短い命令文を入力すれば、簡潔で事務的な回答になりやすくなります。
AIは入力された言葉から、「これはどのような会話なのか」を読み取り、その文脈に合う回答を作ろうとします。
そして、その応答には、人間が加えた調整も働いています。
人間同士であれば、言葉遣いは相手の対応に大きく影響します。
たとえば、仕事を依頼した相手に、
「こんなこともできないのか。この無能」
と言えば、
「あなたの指示が悪いからだ。もうやめる」
という応酬に発展することがあります。
人間は言葉を情報と感情の両方で受け取ります。侮辱された、攻撃された、正当に評価されていない、と感じれば、自分を守ろうとしたり、相手との協力をやめたりします。
一方、AIは感情的な応酬を避け、支援を続ける方向の回答を返します。
「申し訳ありません。ご期待に沿えるよう、もう一度確認します」といった回答を返し、作業を続けようとすることがあります。
これは、AIが自尊心や仕事を放棄したい感情を持たず、支援を続けるよう調整されているためです。
AIの冷静な応答は、人間が教え、調整した結果です。
人間が望ましい回答例を教え、攻撃的な回答よりも、役に立つ回答を選ぶように調整しています。さらに、システム上の指示や安全方針、サービス側の制御も加えられています。
一つの装置が暴言を止めているというより、複数の仕組みが重なった「安全弁」が設けられている、と考えた方が近いでしょう。
AIの謝罪は、会話を立て直し、利用者を支援するために選ばれた応答です。
「対話を荒らさず、支援を続ける方がよい」という、人間側の価値観がAIの回答に表れているのです。
こうした調整の代表例が、人間の評価を使ってAIを「役に立ち、有害になりにくい」方向へ学習させるRLHFです。Helpful and Harmless Assistantの研究でも、人間のフィードバックによって回答傾向を整える方法が検証されています。
人間同士では、丁寧にお願いすれば、相手も好意的に対応してくれると考えます。
乱暴に命令するよりも、「申し訳ありませんが、お願いします」と頼んだ方が、相手が親身になってくれることもあります。そこには、礼儀に礼儀で応えようとする人間同士の関係があります。
AIは好意ではなく、入力内容と設定に基づいて応答します。
回答の質を大きく左右するのは、「お願いします」の一言よりも、目的や条件がどれだけ明確に伝えられているかです。
敬語の役割と、AIの知識や推論能力は分けて考える必要があります。
むしろ、丁寧さを意識しすぎて依頼が遠回しになると、何を求めているのか分かりにくくなる場合もあります。
AIから良い回答を得るために重要なのは、礼儀正しさよりも依頼の内容です。
これらが明確であれば、命令文でも敬語でも、AIは意図を理解しやすくなります。
AIへの依頼では、丁寧であることと、明確であることを分けて考える必要があります。
2024年に発表された「Should We Respect LLMs?」では、英語・中国語・日本語を対象に、プロンプトの丁寧さがLLMの性能へ与える影響を調べています。
その結果、乱暴なプロンプトは性能が低下する傾向がある一方、丁寧にすればするほど良くなるとは限らず、適切な丁寧さも言語によって異なりました。
「敬語を使えばAIが賢くなる」と「敬語は完全に無意味」という二つの言い方は、どちらも単純すぎるようです。敬語の有無だけで性能は決まりませんが、言葉遣いもAIが文脈を判断する材料の一つになります。
AIに丁寧な言葉を使う意味は、人間側にあります。
敬語で依頼しようとすると、人間は自然に、何を頼みたいのか、相手に何を理解してほしいのか、どのような回答を求めているのかを考えます。
たとえば、
「これを直せ」
だけでは、修正する対象と方向が曖昧です。
一方で、
「この文章を、中小企業の担当者にも伝わる柔らかい表現へ直してください」
と依頼すれば、目的と対象が明確になります。
丁寧に依頼しようとする過程で、人間自身の考えが整理されます。その結果、AIにも意図が伝わりやすくなります。
敬語は、AIの性能よりも、依頼する人間の考えを整える方向に働きます。
AIは乱暴な言葉も、処理すべき入力として受け取ります。
だからこそ、焦点はAIの感情よりも、入力する人間にどのような影響が残るかに移ります。
暴言を入力しているのは人間です。
相手の感情が介在しない場所でも、攻撃的な言葉を繰り返し使えば、その言葉遣いは自分の中に残ります。物事の頼み方や考え方まで、乱暴で短絡的な方向へ引っ張られるかもしれません。
反対に、相手へ伝わるように言葉を選び、目的や条件を整理して依頼することは、自分の思考を整える練習になります。
AIとの会話は、個人的な独り言に近いものです。しかし、その言葉はAIの回答となって自分へ返ってきます。
自分がどのような言葉を投げかけるかによって、自分がどのような言葉に囲まれるかも変わります。
AIの言葉遣いが利用者へ与える影響も研究されています。丁寧なAIと対話した参加者は、中立的な口調のAIを使った参加者より、AIの誤回答をわずかに慎重に見分ける傾向を示しました。効果は小さいものの、AIの話し方が人間の判断にも関係する可能性を示しています。Polite AIと誤回答の判断に関する研究
また、利用者から暴言を受けた対話システムの応答を比較した研究では、「丁寧に拒否する」方法が幅広い参加者から適切だと評価されました。対話システムの暴言対応に関する研究
一方で、AIへ乱暴な言葉を使うことが、人間同士の言葉遣いを実際に悪化させるかについては、まだ十分なデータがありません。AIアシスタントと利用者行動を検討した研究も、この問題への関心と同時に、実際の利用データが不足していることを指摘しています。
そのため、「AIへの暴言が人間を乱暴にする」と断定するのではなく、日々使う言葉が自分の思考や習慣へどう返ってくるかを考える問いとして捉えるのがよいでしょう。
AIに対する敬語の価値は、AIの感情ではなく、人間側にあります。
私は、AIに対してある程度丁寧な言葉を使うことには意味があると思います。
それはAIを尊重するためではなく、自分の考えを整理し、自分の言葉遣いを守るためです。
そして、AIが暴言をそのまま返さないように設計されていることにも、人間の意思が表れています。
私たちは、どのような言葉が行き交う社会を望むのか。
AIの言葉遣いには、AIの人格ではなく、人間が望む社会の姿が表れているのかもしれません。
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